ネイティヴ・アメリカンの世界を描き独自の地位を築く異色の作家

USA トニイ・ヒラーマン
(Tony Hillerman)

祟り
「祟り」
(1970年)
(角川書店)

 アメリカのミステリー作家。トニー・ヒラーマン表記もあり。オクラホマ州の農家にドイツ系移民の子として生まれ、白人の子としては珍しく中学二年までインディアンの娘たちのための寄宿学校であるセント・メリーズ・アカデミーで通学生徒として学びます。

 第二次世界大戦ではシルバー・スター勲章を受ける活躍を見せ、オクラホマ州立大学を卒業後はテキサス州、オクラホマ州、ニュー・メキシコ州サンタフェの各地で新聞社勤務をに従事し、やがてニュー・メキシコ州立大学のジャーナリズム学部長に就任します。

 推理小説家としては1970年に長編「祟り」でデビューを果たしていますが、一貫してアメリカの原住民であるインディアンの社会をテーマに作品を描いており、それによりこれまで開拓者とカウボーイの賛美一辺倒の裏側で、粗野で野蛮といったイメージでのみ描かれることの多かったインディアンの人々に対する観念を根本的に改めさせた功績は計り知れないものがあります。

 そして彼のナヴァホ文化への理解はナヴァホ族からも高く評価され、ナヴァホ文化の優れた理解者に与えられる〈Special Friend of Dineh Award〉も受賞しています。

死者の舞踏場
「死者の舞踏場」
(1973年)
(早川書房)

 この点特定の社会や文化、芸術などの専門分野を題材にした作品となると、ミステリとしては優れていてもその分野に精通した人間が読めば噴飯ものであったり、逆に社会文化がリアルに描かれていてもミステリとしては駄作と言わざるを得ないケースが数多く見受けられます。

 しかしこのナヴァホ族シリーズは、インディアン社会の風俗・習慣に精通した著者の手によりリアリティーを持って描かれているだけではなく、それらの風俗や習慣が実に巧妙にプロットや伏線に利用されていてミステリーとしても非常に優れており、両者を兼ね備えている稀有な例といえるでしょう。

 このヒラーマンの作品で探偵役を務めるのはいずれもナヴァホ族出身の警察官ですが、まず最初の3作品では名刑事として名高い警部補ジョー・リープホーンが主人公を務め、1973年発表の第2長編「死者の舞踏場」ではアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長編賞を受賞しています。
 そしてその後の3作品では一転してナヴァホ文化をこよなく愛する野心家で若手刑事のジム・チーが起用され、人気を集めました。

魔力
「魔力」
(1986年)
(早川書房)

 しかしヒラーマンに対する評価が最大限に高まったのは、1986に発表された長編「魔力」からで、これまで別々の作品で主人公として活躍させていたこの二人を同時に登場させたことにより、二人のコンビの絶妙さも手伝って大好評を博し、以後はますますシリーズの人気が高まり、ベストセラーの上位にもランキングされるようになります。

 また専門家たちからの評価も上々で「魔力」で1988年のアンソニー賞を受賞すると、続く長編「時を盗む者」ではマカヴィティ賞を受賞。ロバート・B・パーカーやロス・トーマスといった作家だけでなく、〈ニューヨーク・タイムズ〉や〈ニューヨーカー〉、そして〈ワシントン・ポスト〉などの各紙からも絶賛を浴びました。

 他にもアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の会長も務めており、1991年には長年の功績を讃えられてアメリカ作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞も受賞しています。

 ちなみにインディアンといえばヨーロッパから渡ってきた白人たちとの紛争に敗れて故郷を追われた悲しい歴史を持ち、多くの部族が全滅に追いやられたことは周知の事実ですが、ナヴァホ族は生き残ったアメリカの原住民インディアンの中では最大の部族になります。

時を盗む者
「時を盗む者」
(1988年)
(早川書房)

 そして一時期数千人以上にまで減少た人口も現在は16万人を超えるようになり、アリゾナ州北東部、ニュー・メキシコ州北西部、ユタ州南東部にまたがる平均標高6000フィートの高地に指定された9万5000エーカーの保留地に居住し、独自の文化を築いています。

 渓谷地帯や台地で農耕に従事するほか、羊や山羊を飼って羊毛や手織りの毛布などで収入を得ており、生活様式は個人主義的な色彩が色濃く、自然を愛し敬い、金や物質的なものへの欲を否定し、隣人同士が助け合い、慎ましい生活を送っています。

 また自然の力との調和を保つことを何より重要視しており、一族の儀式はすべて病を癒し、病人を再び宇宙・自然と調和させることに重点を置いているそうで、これらの自然崇拝に基づく神事はどこか日本古来の文化に共通するものがあるといえるでしょう。


■作家ファイル■

本名
Anthony Grove Hillerman
出身地
アメリカ、オクラホマ州
学歴
オクラホマ大学卒業
生没
1925年5月27日~2008年10月26日(83歳)
作家としての経歴
1970
リープホーン警部補シリーズ第1長編「祟り」でミステリ作家としてデビュー
1974
リープホーン警部補シリーズの第2長編「死者の舞踏場」で、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長編賞を受賞
1980
第4長編「People of the Darkness」でジム・チーが初登場
1986
第7長編「魔力」でリープホーンとジム・チーが初共演。同長編で1988年のアンソニー賞を受賞
1987
ナヴァホ文化の優れた理解者に与えられる〈Special Friend of Dineh Award〉を受賞
1988
長編「時を盗む者」でマカヴィティ賞を受賞
1991
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞のグランドマスター賞(巨匠賞)を受賞
シリーズ探偵
ジョー・リープホーン (Joe Leaphorn)
ジム・チー (Jim Chee)
代表作
「祟り」「死者の舞踏場」
「魔力」「時を盗む者」

■著作リスト■

1 ジョー・リープホーン&ジム・チー登場作品リスト(The Navajo Mysteries)

2 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Fly on The Wall 1971 -
2 Finding Moon 1995 -

【リレー長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 完璧な殺人
(完全殺人)
1991 早川文庫178-1
HMM'92.11-'93.3

【児童書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Boy Who Made Dragonfly: A Zuni 1972 -
2 Buster Mesquite's Cowboy Band 1973 -

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Best of the West: An Anthology of Classic Writing from the American West 1991 -
2 The Mysterious West 1995 - エッセイ集
3 The Oxford Book of American Detective Stories 1996 - Rosemary Herbertとの共編
4 Best American Mysteries of the Century 2000 - オットー・ペンズラーとの共編
5 New Omnibus of Crime 2005 - Rosemary Herbertとの共編

【評論・エッセイその他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Great Taos Bank Robbery: and Other Indian Country Affairs 1973 - エッセイ集
2 Indian Country: America's Sacred Land 1987 -
3 Talking Mysteries 1991 - Ernie Bulousとの合作評論
MWA賞評論賞('92)
4 The Tony Hillerman Companion 1994 -

【フォトブック】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 New Mexico 1974 -
2 Rio Grand: And Other Essays 1975 -
3 The Spell of New Mexico 1976 -
4 Hillerman Country 1991 - With Barney Hillerman
5 New Mexico, Rio Grande and Other Essays 1992 -
6 Kilroy Was There: A GI's War in Photographs 2004 -

【自叙伝】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Seldom Disappointed: A Memoir 2001 -

【インタビュー】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ヒラーマンの描く土地 HMM'92.7
2 インディアンの国への遥かな旅 HMM'96.3

【参考】「祟り」(角川書店 角川文庫)
「転落者」(DHC)
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