ハードボイルド創生期の代表作家の一人

USA ジェイムズ・M・ケイン
(James Mallahan Cain)

郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす
「郵便配達夫はいつも
二度ベルを鳴らす」
(1934年)
(早川書房)

 ジェームス・ケイン表記もあり。アメリカの小説家で、ダシール・ハメットらとともにハードボイルド創生期の代表的作家の一人として位置づけられています。

 メリーランド州のチェサピーク湾に臨む首都アナポリスに同州のワシントン・カレッジの学長を務める父親とオペラ歌手だった母親との間に生まれ、若い頃は母親の影響でオペラ歌手を目指すも病弱な体質で歌手として声量不足だったためこれを断念。ワシントン・カレッジで修士号を取得した後、ジャーナリズムの世界に身を投じ1917年からボルティモアで新聞記者として働くようになります。

 翌年に〈ボルティモア・サン〉紙に移り、第一次世界大戦で1年フランスに赴いた後再びサン紙に戻り1923年まで勤務。

 翌年から生まれ故郷のセント・ジョン大学の教授として1年ほどジャーナリズムの教鞭を執り、その後ニューヨークに移って〈ワールド〉紙で社説を担当するなど再び記者生活を続け、そこで親交のあった劇作家ヴィンセント・ローレンスについて1932年からはハリウッドに移り、映画脚本も何本か担当しています。

殺人保険
「殺人保険」
(1943年)
(新潮社)

 作家となったのはサン紙の記者時代に知り合った「アメリカ英語」の著者でもある著名な評論家H・L・メンケンに小説を書くことを勧められた事がきっかけで、1928年に彼の主宰する雑誌〈アメリカン・マーキュリー〉誌に短編「牧歌」を発表したのを皮切りに、1934年、彼が42歳の時に初めて書いた長編小説「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が一躍ベストセラーとなります。

 更に続けて発表された「セレナーデ」と「ミルドレッド・ピアース」の2つの長編も大ヒットとなり、ここにケインは人気作家としての地位を確固たるものにしたのでした。

 ちなみにこの2作品には、彼が若い頃に志し、終生の趣味でもあった音楽の嗜好が色濃く反映されているといいます。

 作品の多くは性と暴力といったヴァイオレンスの世界を好んで題材としているものの、それは決して卑俗なものではなく、むしろ外皮を剥ぎとられたむき出しの人間心理を追求する姿勢、人間の本質を非情なまでに露にするその文学性は現在においても評論家やファンの間で高く評価されています。

バタフライ
「バタフライ」
(1947年)
(日本出版協同)

 自らの欲望のままにその対象を追い求めて破滅に至る主人公たちの荒々しい世界を、装飾を排除した簡潔な文体で描くそのスタイルは”20分茹でた固ゆで卵(ハードボイルド)”と称され、アーネスト・ヘミングウェイやダシール・ハメットとともにこのジャンルの代表的作家としてしばしば名前が挙げられますが、本人は”ハードボイルド派”と一括りにされて論じられるのは好まなかったのだそうです。

 1947年には故郷に戻って、没年まで執筆を続けており、また1970年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞も受賞しています。


■作家ファイル■

出身地
アメリカ、メリーランド州アナポリス生
学歴
ワシントン・カレッジで修士号を取得
生没
1892年7月1日~1977年10月27日(85歳)
作家としての経歴
1928
評論家H・L・メンケンの主宰する〈アメリカン・マーキュリー〉誌に短編「牧歌」が掲載される
1934
42歳の時に初めての長編「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を発表しこれが大ヒット
1943
長編「殺人保険」を発表。翌年レイモンド・チャンドラーの脚本で映画化される(邦題名「深夜の告白」)
1970
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞を受賞
シリーズ探偵
なし
代表作
「郵便配達はいつもベルを二度鳴らす」
「殺人保険」

■著作リスト■

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 郵便配達はいつもベルを二度鳴らす
(郵便屋はいつも二度ベルを鳴らす)
1934 早川文庫77-1
集英社文庫('81)
講談社文庫('79)
新潮文庫('63)
東京創元社 世界名作推理小説大系19('61)
朋文堂 旅窓新書('55)
日本出版協同 ジェームス・ケイン選集5('54)
荒地出版社('53)
映画化('39、'42、'46、'81)
2 セレナーデ 1937 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集1('54) 映画化('39、'56、'57、'68)
3 Mildred Pierce
(ミルドレッド・ピアース)
1941 - 映画化('45)
4 恋はからくり 1942 別冊宝石51('55) 映画化「悪の対決」('56)
5 殺人保険
(深夜の告白)
(倍額保険)
1943 新潮文庫(新版)('75)
新潮文庫('62)
日本出版協同 ジェームス・ケイン選集2('54)
レイモンド・チャンドラー脚本で映画化「深夜の告白」('44)
ドラマ化('73)
6 The Embezzler
(横領者)
-
7 Career in C Major
(Everybody Does It)
(ハ長調の生涯)
- 映画化「私も貴方も」('49)
8 Past All Dishonor
(屈辱の彼方)
1946 - 歴史物
9 バタフライ 1947 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集4('54) 映画化('81)
10 Sinful Woman -
11 The Moth
(蛾)
1948 -
12 Jealous Woman
(やきもち女)
1950 -
13 The Root of His Evil
(Shameless)
(悪の根)
1952 -
14 Galatea
(ガラテア)
1953 -
15 Mignon 1962 - 歴史物
16 アドレナリンの匂う女 1965 創元推理文庫174-1
新潮社('67)
17 Rainbow's End 1975 -
18 The Institute 1976 -
19 Cloud Nine 1984 - 没後出版
20 The Enchanted Isle 1985 -

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Career in C Major and Other Stories
(ハ長調の生涯)
1943 - 長編「Career in C Major」と合わせて計3編
1 Coal Black 1937 -
2 The Girl in the Storm
嵐の中の女
1940 EQMM'65.7
2 Everybody Does It
(誰でもそれをする)
1949 - 短編集1に更に長編「The Embezzler」を追加
3 The Baby in the Icebox 1981 -
1 The Baby in the Icebox
冷蔵庫の中の赤ん坊
1933 HMM'78.2
EQMM'56.11
2 The Birthday Party 1936 -
3 Brush Fire
山火事
EQMM'57.8
4 Coal Black 1937 - 再収録
5 Dead Man
殺した男
1936 EQMM'58.1
6 The Girl in the Storm
嵐の中の女
1940 EQMM'65.7 再収録
7 Joy Ride to Glory -
8 Pastorale
牧歌
1928 日本文芸社「5分間ハード・ボイルド」
EQMM'57.4
最初の作品
9 The Taking of Montfaucon 1929 -
4 The Five Great Novels of James M. Cain 1981 -

【オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Three of A Kind 1943 - 長編5~7を所収
2 Three of Hearts 1949 - 長編4、8、9を所収
3 Cain × 3 1969 - 長編1、3、5を所収
4 Hard Cain 1980 - 長編10、12、13を所収
5 Jealous Woman / Sinful Woman 1992 -

【邦訳中短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 It Was the Cat 1944 -
2 Pay-Off Girl
おれが賭けた女
1952 EQMM'59.6
3 Cigarette Girl
ギターと拳銃
1953 マンハント'59.2 短編2の焼き直し
4 Two O'Clock Blonde
二時のブロンド
(昼下りのデイト)
HMM'89.2
マンハント'59.1
5 The Vistor 1961 -

【戯曲】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Our Government
(わが政府)
1930 - 連作形式の社会諷刺劇
2 The Postman Always Rings Twice 1936 - 長編1の戯曲化

【映画脚本】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Algies 1938 -
2 Stand Up and Fight 1939 -
3 The Bridge of San Luis Rey
情怨の谷
1944 -
4 Gypsy Wildcat -

【ノンフィクション】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Sixty Years of Journalism 1986 -

【関連書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 悪の対決
(美しき恋のからくり)
1956 語学春秋社 イングリッシュトレジャリー・シリーズ16('06)
語学春秋社 ミッドナイト・シアター2('85)
長編4の映画脚本がベース

【参考】「郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす」(早川書房 ハヤカワミステリ文庫)
「殺人保険」(新潮社 新潮文庫)
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