ミステリー・推理小説の用語


アリバイ
(Alibi)

元々はラテン語の「他の場所に」という意味の言葉に由来し、日本では現場不在証明と訳される、犯罪や事件の発生時刻にその現場にいないで他の場所にいたことを証明できる事実のことを意味します。

アリバイが証明できれば当然容疑を晴らす明確な証拠となる訳ですが、推理小説の中では犯人は様々なトリックを用いて偽のアリバイを作り捜査の追及を逃れようとします。偽装に用いられるものは電話やテープレコーダー、写真、列車の時刻表など様々です。

その偽のアリバイを見破るいわゆるアリバイ崩しを主眼とした作品も多く、海外では黄金時代のF・W・クロフツやヘンリー・ウェイド、日本では鮎川哲也がアリバイ崩しを得意とする作家として有名です。

鮎川哲也によるとアリバイ・トリックには以下の3つの分類があるといいます。

 [1]犯行時刻を実際より早く見せる
 [2]犯行時刻を実際より遅く見せる
 [3]犯行時刻を実際あった通りに認識させる

安楽椅子探偵
(Armchair Detective)

犯罪現場に出かけずに、他の人から聞いた犯罪情報を元に事件を推理し解決する名探偵のこと。名前は「安楽椅子探偵」ですが必ずしも安楽椅子に座っている必要はありません。また本来行動派の探偵が特定の作品のみで安楽椅子探偵を務めるということもあります。

その先駆けはM・P・シールの作り出したプリンス・ザレスキーで、1895年発表の短編集に初登場していますが、このジャンルを有名にしたのはバロネス・オルツィ(オルツィ夫人)の隅の老人シリーズでしょう。

ロンドンの喫茶店〈ABCショップ〉で女性記者のポリー・バートンを相手に新聞記事や検視審問の記録を元に見事に難事件を解決するストーリーは数いるホームズのライヴァルたちの中でも強烈なインパクトを与えました。

他にもジェイムズ・ヤッフェのブロンクスのママやハリイ・ケメルマンのニッキー・ウェルト教授、アイザック・アシモフの黒後家蜘蛛の会シリーズに登場する老給仕ヘンリー、ミステリーの女王アガサ・クリスティーのミス・マープル(短編集「火曜クラブ」など)、そしてレックス・スタウトの美食探偵ネロ・ウルフなどがよく知られています。

奇妙な味

江戸川乱歩による造語で「あどけなく、可愛らしく、しかも白銀の持つ冷ややかな残酷味」「ヌケヌケとした、ふてぶてしい、ユーモアのある、無邪気な残虐」などの特徴を有する、即ち異様なキャラクター像やストーリー展開で何とも言えない不気味な読後感を残すミステリー小説(特に短編小説)のことをこう呼びます。

英米の傑作短編の多くに見られる独特の性格を特徴付けた言葉で、英米短篇ベスト集の中の「奇妙な味」(50)というエッセイで初めて取り上げられました。

古くはロバート・バーの「健忘症連盟」、ロード・ダンセイニの「二本の調味料壜」、コーネル・ウールリッチの「爪」などが代表的な作品として知られ、一方これらの作風をもっとも得意とした作家としてはサキやジョン・コリア、それに短編集「あなたに似た人」や「チョコレート工場の秘密」などの児童文学の分野でも有名なロアルド・ダールなどがいます。

サプライズ・エンディング
(Surprise Ending)

いわゆる意外な結末。ミステリーの魅力といえば出発点における不思議な謎の提出、中盤におけるサスペンス、そして結末の意外性の3つにあると言われますが、とりわけ最後にあっと驚く結末が用意されていればより強烈な印象が残ります。そのため作家はあらゆる手を使って読者を驚かせようと躍起になります。

そして意外な結末には以下の2つのケースに分類されます。

 [1]意外な犯人=もっとも犯人らしくない人物が犯人である場合
 [2]トリックや動機、犯罪発覚の手がかりその他が奇抜で意外な場合

前者の代表作としてはエラリー・クイーンの「Yの悲劇」やアガサ・クリステイーの「オリエント急行殺人事件」、後者の代表作としてはロアルド・ダールの「おとなしい兇器」などがあります。

シャーロキアン
(Sherlockian)

イギリスの作家アーサー・コナン・ドイルが創造した名探偵シャーロック・ホームズを熱烈に崇拝し、研究する人々のことで、アメリカでもシャーロキアンですが、本国イギリスではホームジアン(Holmesian)と呼ばれるそうです。

彼らの中には作品を応援するのみならず、架空の存在である名探偵ホームズを実在の人物と見なす研究=シャーロキアーナ(Sherlockiana)をライフワークにしている者も多数いるといわれます。

またシャーロキアンの組織は世界各国にありますが、中でもクリストファー・モーリーの呼びかけでヴィンセント・スターレット、エドガー・W・スミスらとともに1934年にニューヨークで創設したベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)は最も古くかつ有名で、ミステリー作家のレックス・スタウトやアイザック・アシモフも会員だったそうです。

主な活動としては季刊の機関誌「ベイカー・ストリート・ジャーナル」の発行や、シリーズ短編「白銀号事件」(1892)にちなんだニューヨーク競馬への参加などがありますが、毎年ホームズの誕生月の1月6日に最も近い金曜日に開かれるという夕食会が最大の行事で、ホームズ学者の優れた研究が表彰されるなどするそうです。

叙述トリック

ミステリーの文章の書き方や構成を利用して読者のミスリードを誘うトリックのこと。

この叙述トリックの先駆けはS・A・ドゥーゼが「スミルノ博士の日記」(1917)で用いたトリックですが、話が地味だったせいか当時ほとんど話題に上がりませんでした。

その後ミステリーの女王アガサ・クリスティーが「アクロイド殺し」(26)で物語の語り方に工夫を凝らした叙述トリックを用い、結末の意外性で当時の読者に大変な衝撃を与えました。

そしてその一方でこの叙述トリックがミステリーのルールからするとアンフェアではないかという論争も巻き起こり、クリスティーはこの作品で一躍有名作家の仲間入りを果たすことになります。

この「アクロイド殺し」を上回るような叙述トリックは現われてはいないものの、その後も叙述トリックを用いた作品は数多く発表されており、B・S・バリンジャー「消された時間」(57)やセバスチャン・ジャプリゾ「シンデレラの罠」(62)、そしてスタンリイ・エリン「鏡よ、鏡」(72)などがよく知られています。

ダイイング・メッセージ
(Dying Message)

瀕死の重傷を負った被害者が死ぬ間際に残す、事件の犯人を暗示する謎めいた手がかりのこと。言葉や文章や文字の場合もありますが、それ以外にも身振り手振りや何らかの行動を起こす場合もあります。

そしてこれらのメッセージは死ぬ間際に残すもののため時間や手段が限られていることや、あるいは犯人に悟られないようにするためといった理由から不完全な内容である場合が多く、それだけでは理解できない一種の暗号=謎解きの対象になるのです。

黄金時代の巨匠エラリー・クイーンがダイイング・メッセージを得意としていて「Xの悲劇」(32)や「シャム双生児の秘密」「緋文字」、短編の「角砂糖」「GI物語」などでも用いる他、クイーンの愛弟子のエドワード・D・ホックも「大鴉殺人事件」(69)でこの謎に挑戦しています。

ツイスト
(Twist)

評論家のサザランド・スコットが「現代推理小説の歩み」(53)で多用している言葉で、「ひねり」という意味。

すなわち推理小説の面白さは不可解な謎の提出にはじまり、中盤のサスペンスに富むストーリー展開、そして結末の意外性といった各要素に支えられていますが、数多くの作品に触れるに従ってそういったミステリーの形式に次第に慣れた読者は、途中で犯人や結末をある程度予測するようになってしまいます。

そしてそういうすれっからしの読者の予想を覆すべくストーリー展開や犯人の設定をひと捻りして、新鮮な驚きを感じさせる手法をこう呼びます。

トリック
(Trick)

人を騙す目的で用いられる策略やごまかし、仕掛けなどのことで、手品のタネに近い意味があります。

初期のミステリーや推理小説の謎や意外性はこのトリックによって支えられているといっても過言ではありませんが、主要なトリックが開発され尽くしたことやハードボイルドやスパイ小説など推理小説が多彩なジャンルに分化していくに従い、欧米ではトリックを意識した作品は次第に少なくなり、現在では本格派の作品でもまったくトリックを用いないものも多数見受けられます。

トリックには機械的なものを用いた物理トリックにはじまり、人間の心理の盲点を突いた心理トリック、更には場所や空間を利用した密室や時間を利用したアリバイトリック、一人二役や死体損壊、叙述トリックといった種類があります。

トリック研究としてはジョン・ディクスン・カーが「三つの棺」の作品内で発表した「密室講義」が非常に有名で、更に日本では内外の七百数十種類のトリックを分析した江戸川乱歩の「類別トリック集成」がよく知られています。

パルプ・マガジン
(Pulp Magazines)

粗悪なザラ紙のことを「パルプ」と呼びますが、そのパルプに印刷され19世紀末から発行されていたというけばけばしい表紙の通俗読み物雑誌のことを総称してこう呼んでいました。

紙質は悪い半面、内容は冒険、西部劇、戦記ものなど種々雑多なものの充実しており、1915年10月にはストリート&スミス社から探偵小説専門の初のパルプマガジン「ディテクティヴ・ストーリー・マガジン」が創刊され、更に1920年4月には最も有名な「ブラック・マスク」が創刊されています。

そして「ブラック・マスク」には1920年代の前半から30年代の半ばにかけてダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルド作家や、後に弁護士ペリイ・メイスン・シリーズで有名となるE・S・ガードナーなどが作品を寄稿しており、そういった意味でミステリーの歴史において大変重要な役割を果たしていたといえます。

また第二次世界大戦後には小型のパルプ・マガジンとしてイーグル・パブリケーションズ社が53年1月に創刊した「マンハント」でブラック・マスク同様に多くの有名作家が作品を発表しており、こちらも大変歴史的意義の大きい雑誌といえるでしょう。

フェアプレイ
(Fair Play)

解決編に至る前の段階で、それ前でに入手した情報ですべての謎を解き明かす事ができるように、解決に必要な手がかりを作者がすべて読者に提示し、また地の文には決して嘘を書かないといった創作態度のことをこう呼びます。

謎解きミステリーの基本が出来上がった欧米の本格ミステリー黄金時代の頃から言われ出し、叙述トリックで有名なアガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」(26)はフェアかアンフェアかで大きな論争にもなりました。

またS・S・ヴァン・ダインが明文化した「推理小説作法の二十則」(28)やロナルド・A・ノックスが「探偵小説十戒」(28)で発表した、「ノックスの十戒」は推理小説を書く際のルールとしてあまりにも有名です。もっともこうしたルールは意図的に破られたり、あるいはこれらのルールを逆手にとってトリックとしたりする名作も数多く存在していて、厳密に守られていることはほとんどありません。

その一方でエラリー・クイーンの初期作品中に見られる「読者への挑戦状」の挿入によるフェアプレイの宣言や、C・D・キングが「オベリスト三部作」で初めて用いた巻末の手がかり索引、あるいはF・W・クロフツやディクスン・カーの作品に見られる解決編に参照頁数を逐一記したものなど、フェアプレイの精神は本格を楽しむ者にとってはいわば常識として地に根づいていると思われます。

不可能犯罪
(Impossible Crime)

一見して物理的に不可能と思える手段による犯罪。もちろん本当に不可能な訳ではなくそこには何かしらのトリックが隠されている訳ですが、その犯行方法・手段を暴くのがミステリーにおける大きな魅力の一つとされ、そのことを「ハウダニット(どうやってやったか)」と呼びます。

不可能犯罪の大半は広義の密室に属しますが、他にも人間(ブリーン「ワイルダー一家の失踪」)、列車(ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」)、旅客機(ケンドリック「スカイジャック」)、家屋(クイーン「神の灯」)などが消える消失もの、予言殺人(ディクスン「読者よ欺かるるなかれ」)、毒薬投与の不可能(「ヴァン・ダイン「カシノ殺人事件」)、分身による殺人(マクロイ「暗い鏡の中に」)などの不可能犯罪があります。

フーダニット
(Whodunit)

「Who Done it?(誰がやったか?)」を短縮したアメリカ英語の俗語で、元々は映画・演劇を含めたミステリー全般を指す言葉でした。

もっとも近年では特に「犯人当て」「犯人探し」の趣向に重点を置いた謎解きミステリーに対してのみ用いられる傾向にあります。

「フーダニット」以外にも不可能犯罪などの犯行トリックの解明(どうやってやったか?)に意を注ぐものは「ハウダニット(Howdunit)」、殺人の動機や、その犯行方法を用いた理由(例えばなぜ死体の首を切ったか)といった理由(どうしてやったか?)が中心的興味となるものは「ホワイダニット(Whydunit)」、パット・マガーの被害者探し小説(誰がやられたのか?)はフーダンイン(Whodunin)と呼ばれます。

密室
(Locked Room)
(Sealed Room)

不可能犯罪の一つで、狭義には内部からしか施錠できないはずの室内に被害者しかいない状況を指します。

その先駆けとなったのは、世界最初の推理小説として有名なエドガー・アラン・ポオの短編「モルグ街の殺人事件」(1841)で、以後もイズレイル・ザングウィル「ビッグ・ボウの殺人」(1892)やガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」(1908)などの古典的名作が生まれたほか、黄金時代の巨匠ジョン・ディクスン・カーやクレイトン・ロースン、H・H・ホームズは作品の大半が密室や不可能犯罪を扱うなど熱心にこの分野に取り組みました。現代ではエドワード・D・ホックらやポール・アルテらがこの密室ミステリに果敢に挑んでいます。

また広義には目撃者の存在による人為的なものや、また雨の降った後の地面や雪面や砂浜などに犯人の足跡がないといったケースも含まれ、特に雪面の場合は「雪の密室」などと呼ばれることもあります。

ミッシング・リンク
(Missing Link)

一見無関係と思われる複数の事件被害者の間に存在する見えない共通点のこと。

「失われた環」を意味し、元々は生物の進化論においてある種族が別のある種族に進化する過程において辿ったと考えられるものの詳細がはっきりしない場合にその不明とされている間の種族のことを指す言葉です。

そこから転じて明らかに連続殺人と思われるのに被害者相互の関連がつかめない、一体どんな関係が…というようにミステリーの一つのテーマ(江戸川乱歩曰く「異様な被害者」テーマ)として確立されました。

典型的なものとしては童謡殺人などの見立て殺人で、この場合は被害者全員に秘められた共通点がある場合のほか、被害者の中に本当に殺したいターゲットを紛れ込ませるというケースも見られます。

先駆けとなった作品はジョン・ロード「プレード街の殺人」で、それ以後もアガサ・クリスティーの代表作の一つ「ABC殺人事件」やコーネル・ウールリッチ「黒衣の花嫁」、クレイグ・ライス「第四の郵便配達夫」、エラリー・クイーン「九尾の猫」、エド・マクベイン「警官嫌い」「死者の夢」、ウィリアム・デアンドリア「ホッグ連続殺人」などが有名です。

レッド・ヘリング
(Red Herring)

直訳すると「赤い鰊」で、読者の注意を逸らせるために筆者が仕掛ける偽の手がかりや真犯人以外の怪しげな人物、あるいはそれらの人物が取る行動のこと。

イギリスで燻製して赤くなった鰊(にしん)が狐狩りに反対する人々が猟犬の鼻を惑わすため、あるいは愛好家が訓練のために用いたことに由来していて、左手で仕掛けをする際右手を使い観客の注意を集めるといった奇術用語でいうミスディレクション(Misdirection)と同じ意味で使われます。

この技巧を最も得意としたのがアガサ・クリスティーで、ミステリーの女王だけでなく「ミスディレクションの女王」と呼ばれたほどの名手でした。

またクリスティーと人気を二分した黄金時代のドロシー・L・セイヤーズには「五匹の赤い鰊」という題名の作品があり、この技巧を上手く用いています。

【参考】「海外ミステリベスト100」(ハヤカワミステリ文庫)
「世界の名探偵50人」(ワニ文庫)


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