ガボリオと並ぶフランス・ミステリ界の先駆者

FRA フォルチュネ・デュ・ボアゴベ
(Fortune du Boisgobey)

鉄仮面/上icon
「鉄仮面」
(1878年)
(講談社)

 ボアゴベイ表記もあり。本姓はカスチール。フランスの小説家で、エミール・ガボリオと共に探偵小説史上で重要なフランス人作家の一人とされています。

 フランス北部にある海水浴場として有名な海岸町グランビールに生まれ、1844年より1848年まで陸軍経理部員となりアルジェリアに駐屯。のちに東方諸国を周り、それらの体験を活かして1868年「二人の喜劇役者」という作品を〈プチ・ジュールナル〉紙に発表して作家デビューを果たします。

 その後1871年に発表した長編「囚人大佐」が人気を博し、フランスで最もポピュラーな作家となり、「Le Mystères du nouveau Paris (新パリの秘密)」や「鉄仮面」「Le Nuit de Constantinople(コンスタンチノープルの夜)」など、数多くの作品を発表して好調な売上げを示し、その作品の多くが英語圏でも翻訳されています。

 もっともシリーズ探偵を創造しなかったことに加え、赤新聞の娯楽物作家であったことも災いしてか、現在では英米はおろか、本国フランスでも忘れられた存在となってしまっているようです。

死美人
「死美人」
(1878年)
(旺文社)

 加えてボアゴベは「ルコック氏の晩年(死美人)」というガボリオの創造したルコック探偵もののパスティーシュも書いていることもあってか、評論家ハワード・ヘイクラフトの著書「娯楽としての殺人」においては”ガボリオの追随者であり、亜流に過ぎない”と手厳しい評価も受けています。

 このように評されているとはいえ推理小説がエドガー・アラン・ポオの創成期からドイルのシャーロック・ホームズ作品に至って一つの完成形となるまでの間をつなぐ重要な役割を、ガボリオとともに果たした重要な作家の一人と言って差し支えないと思います。

 ガボリオが探偵小説の王道を行くような謎解き主眼の作風であるのに対し、ボアゴベの場合は同じくフランス文壇の巨匠として知られるアレクサンドル・デュマやバルザックらの流れを汲んでいると言われています。

 そのせいもあってか探偵小説的な興味も有するものの、どちらかというと冒険とロマンスに主眼を置いたロマンチックな作風と理解するのが正しく、スリルと怪奇と冒険に満ち溢れた作品の数々は一度読み出せば手に汗握らずにはいられなくなることでしょう。

海底の黄金
「海底の黄金」
(1889年)
(ポプラ社)

 日本国内でもとりわけ明治時代を中心に、黒岩涙香の翻案で多数の作品が紹介され、翻訳も数多くなされていますが、現在においては2002年に上下分冊で文庫化された代表作の「鉄仮面」だけが、新刊書店で入手可能な書籍となっています。


■作家ファイル■

出身地
フランス、マンシュ県グランビール
生没
1824年9月11日~1891年2月16日
作家としての経歴
1868
「二人の喜劇役者」という作品を〈プチ・ジュールナル〉紙に発表して作家デビュー
1871
長編「囚人大佐」が人気を博し一躍人気作家に
1878
代表作の長編「鉄仮面」を発表
1878
ルコック探偵のパスティーシュ長編「ルコック氏の晩年(死美人)」を発表
シリーズ探偵
なし
代表作
「囚人大佐」「オペラの犯罪(劇場の犯罪)」
「鉄仮面」「死美人(ルコック氏の晩年)」
「海底の黄金」

■著作リスト■

かなり不完全 翻訳や翻案もまだまだある可能性あり

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Le Forçat Colonel
(Le chêne-capitaine)
(英 The Convict Colonel)
囚人大佐
1871 新青年'38.1-5
黒岩涙香翻案「執念」(明治23)
2 Les Gredins
(破廉恥漢)
1873 - 全2巻
3 Le Chevalier Casse-Cou
(英 The Chevalier Casse-Cou / The Red Camelia)
(騎士カス・クー)
- [1]Le Camélia rouge(The Red Camelia)
[2]La Chasse aux ancétres(The Search for Ancestors)
4 Les collets noirs
(黒い襟巻)
1874 - 全2巻
5 L'As de Cœur
(英 The Ace of Hearts)
(ハートの1)
1875 - 全2巻
6 La Tresse blonde
(英 The Golden Tress)
(ブロンドの編毛)
-
7 Le Coup de pouce
(英 The Thumb Stroke)
(拇指の傷)
-
8 La Jambe noire
(黒い足)
1876 - 全2巻
9 Du Rhin au Nil, impressions de voyage
(ライン川からナイル川まで)
-
10 Le Mystères du nouveau Paris
(英 The Mysteries of New Paris)
(新パリの秘密)
-
11 Le Demi-Monde sons la Terreur
(恐怖時代の娼婦達)
1877 - 全2巻
12 La peau d'un autre
(他人の皮)
- 全2巻
13 海底の黄金
(秘密事件)
(名なしの男)
1878 ポプラ社 世界名作探偵8('54) ポプラ社版はジュヴナイル
博文館の「海底の黄金」とは別作品
14 死美人
(ルコック氏の晩年)
旺文社文庫('80)
宝出版 涙香全集19・20('79)
小山書店 日本探偵小説代表作集1('61)
黒岩涙香翻案「死美人」(明治25)
ルコック探偵のパスティーシュ
全2巻
15 鉄仮面
(サンマール氏の二羽のツグミ)
講談社文芸文庫(上下)('02)
講談社(上中下)('84)
旺文社文庫('80)
筑摩書房 明治文学全集47('77)
博文館 世界伝奇叢書('40)
明文館書店「鉄仮面と破天荒」('29)
黒岩涙香翻案 万朝報「鉄仮面」(明治26)
全2巻
16 L'Éping le rose
(英 The Coral Pin)
(バラのピン)
1879 - 全3巻
17 Le Crime de l'Opera
(英 The Crime of the Opera House)
(オペラの犯罪)
黒岩涙香翻案 扶桑堂「劇場の犯罪」(明治23)
18 La Main coupée
(英 The Severed Hand)
(切られた手)
1880 - 全2巻
19 Le Tambour de Montmirail
(モントミレイユのドラム)
- 全2巻
20 Les Cachettes de Marie-Rose
(マリー・ローズの隠れ家)
明文館書店「活地獄と武士道」('30)
黒岩涙香翻案「武士道」(明治30)
全2巻
21 Ou est Zénobie?
(英 Where Is Zenobie?)
(ゼノビーはどこに?)
黒岩涙香翻案 扶桑堂「美少年」(明治23) 全2巻
22 海底の黄金
(マタパンの宝石)
1881 博文館文庫61('39)
博文館 世界探偵小説全集4('29)
春陽堂 探偵小説全集17「マタパンの寶石 / 鐘塔の天女」(抄訳)('29)
全2巻
23 L'Équipage du diable
(英 The Day of Reckoning)
(悪魔の乗組員)
- 全2巻
24 Le crime de l'omnibus
(英 The Mystery of an Omnibus)
(乗合馬車の犯罪)
-
25 Le Pavé de Paris
(英 A Mystery Still)
(パリの舗石)
-
26 Les Deux bonnets verts
(英 Mérindol)
(メランドル)
-
27 Le Pignon Maudit
(英 A Fight For A Fortune)
(呪われた破風)
1882 - 全2巻
28 Le Bac
(英 Who Died Last? or, The Rightful Heir)
(フェリー)
-
29 Les Suites d'un duel
(英 The Consequences of Duel)
決闘の果
大川屋書店「決闘の果」(明治24)
黒岩涙香翻案 三友舎「決闘の果」(明治24)
30 La Revanche de Fernande
(英 Fernande's Choice)
(フェルナンドの復讐)
-
31 Le Nuit de Constantinople
(コンスタンチノープルの夜)
- [1]La Citerne aux rubis
[2]Le Sac de cuir
32 Le Cochon d'or
(英 The Golden Pig)
(黄金の豚)
- 全2巻
33 Bouche cousue
(英 Sealed Lips)
(他言無用)
1883 金桜堂(明治25)
黒岩涙香翻案 明進堂「悪党紳士」(明治23)
34 Le Collier d'acier
(英 The Steel Necklace)
(鉄の頸環)
-
35 Le Coup d'oeil de M. Piedouche
(英 Piedouche, a French Detective)
(ピエドーシュの眼力)
-
36 Le Billet rouge
(英 The Red Lottery Ticket)
(赤い切符)
1884 -
37 Le Mari de la Diva
(英 The Prima-Donna's Hasbund)
(プリマドンナの良人)
-
38 Le Secret de Berthe
(英 Berthe's Secret)
(バルト嬢の秘密)
-
39 Margot la Balafrée
(英 In the Serpent's Coils)
(英 The Sculptor's Daughter)
(彫刻家の娘)
黒岩涙香翻案 扶桑堂「如夜叉」(明治24) 全2巻
40 Babiole
(英 Pretty Babiole)
(バビオル)
-
41 Une Tête Perdue
(Décapitée)
(英 The Severed Head)
(生首美人)
1885 エロティック・ミステリー'60.11
水谷準翻案「生首美人」
42 L'Auberge de la Noble-Rose
(ノーブル・ローズの宿屋)
-
43 鐘塔の天女
(青いスミレ)
春陽堂 探偵小説全集17「マタパンの寶石 / 鐘塔の天女」('29)
黒岩涙香翻案 東京薫志堂「塔上の犯罪」(明治23)
44 Le cri du sang
(英 The Cry of Blood)
(血の叫び)
- 全2巻
45 Le Pouce crochu
(英 Thieving Fingers)
(曲った拇指)
-
46 La Belle Geôlière
(英 The Pretty Jailer)
(美しい牢番)
-
47 Cœur volant
(英 Fickle Heart!)
(不安定な心)
1886 -
48 La Bande rouge
(英 The Red Band)
(赤い帯)
水田南陽翻案「唖娘」 全2巻
49 Porte close
(英 The Condemned Door)
(英 The Closed Door)
玉手箱
聚栄堂「玉手箱」(明治30)
黒岩涙香翻案 三友舎「玉手箱」(明治24)
50 Rubis sur l'ongle
(英 Cash on Delivery)
(代金引換渡し)
-
51 Cornaline la dompteuse 1887 -
52 Jean Coup-en-Deux
(英 Death or Dishonor)
(真っ二つのジャン)
春江堂「何者」('21)
黒岩涙香翻案「何者」(明治25)
53 Le Chalet des Pervenches
(英 The Half-Sister's Secret)
(パーヴァンシュの山小屋)
1888 -
54 L'Œil-de-chat
(英 The Cat's-Eye Ring)
(猫目石)
春陽堂 探偵小説全集7('29)
黒岩涙香翻案 金桜堂「指環」(明治22)
全2巻
55 Mariage d'inclination
(英 Married for Love)
(愛のための結婚)
-
56 Marie Bas-de-Laine 1889 -
57 Le plongeur
(英 The High Roller)
(潜水夫)
集栄館「海底の重罪」('21)
金松堂「海底之重罪」(明治23)
黒岩涙香翻案「海底の重罪」(明治22)
58 Double blanc
(二重の空白)
- 全2巻
59 片手美人
(美人の手)
(冷たい手)
春陽堂文庫('34)
筑摩書房 明治文学全集47('77)
集栄館「片手美人」('20)
聚栄堂「片手美人」(明治23)
黒岩涙香翻案 大川屋「片手美人」(明治23)
60 Le Fils du plongeur
(潜水夫の娘)
1890 -
61 Fontenay Coup-d'Epée
(英 Fontenay, the Swordsman)
(剣士フォンテーヌ)
- 全2巻
62 Un Cadet de Normandie au xviie siecle
(英 An Ocean Knight)
1891 -
63 Acquittée
(無罪)
1892 -

【中編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Les Iles Chausey 1887 -
2 Le Lievre aux olives 1890 -
3 Un probleme judiciaire -
4 L'Aveugle du bonheur -

【不明の作品】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 みどり沼の怪
(みどり沼の秘宝)
(みどり沼のひみつ)
ポプラ社 世界推理小説文庫20
ポプラ社 世界名作探偵文庫13('57)
中学時代一年生'63.4第4付録 中一文庫5(抄訳)
2 The Phantom Leg
巨魁来
明文館書店「人外境と巨魁来」('30)
黒岩涙香翻案 扶桑堂「巨魁来」(明治24)

【参考】「海外探偵小説作家と作品」江戸川乱歩著(早川書房)
「海底の黄金」(博文館 世界探偵小説全集)
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