もう一人のミステリーの女王

UK ドロシー・L・セイヤーズ
(Dorothy Leigh Sayers)

ピーター卿の事件簿
「ピーター卿の事件簿」
(東京創元社)

 黄金時代を代表する作家の一人で、欧米などの海外では長くアガサ・クリスティーと並び称されてきたもう一人の”ミステリの女王”です。

 その一方でマージェリー・アリンガムを加えて英国三大女流作家といわれたり、さらにナイオ・マーシュも加えて〈ビッグ4〉とも称されたりしています。
 その人気を裏づける事実として作品発表当時、初版発行部数ではクリスティーを上回ることもあったそうです。

 P・D・ジェイムズやルース・レンデルなど、現代の女流作家がこぞって理想の作家に挙げ、また作家としてだけでなく、アンソロジーの編纂や評論・書評の発表、推理小説・ミステリー作家の親睦団体〈ディテクション・クラブ〉の中心メンバーとしての活躍など、女流作家としては珍しいほど様々な分野で多彩な才能を発揮し、自立した女性の象徴として、近年再評価の著しい作家です。

 オックスフォードの牧師の家に生まれ、幼い頃から利発で、6歳でラテン語、15歳のときには既にフランス語とドイツ語をマスターしたといいます。

ナイン・テイラーズ
「ナイン・テイラーズ」
(1934年)
(東京創元社)

 オックスフォード大学では中世文学を専攻。在学中にも詩作や劇作に才能を発揮し、卒業後は高校教師をするかたわら詩集や戯曲集を発表したりしていました。

 その後もっと収入の良い仕事をと考えていた時に推理小説を書くことを思い立ち、広告代理店でコピーライター仕事をするかたわら、1923年にピーター・ウィムジイ卿を主人公とする長編「誰の死体?」を発表します。そしてその後も主にピーター卿を主人公とする長編を中心に数多くのミステリ作品を発表しました。

 1940年以降はミステリの世界からは離れ、宗教劇の脚本や神学に関するエッセイなどを発表するなど、オックスフォード時代に培った教養が見事に開花。その一方でダンテの「神曲」の英訳に没頭しますが、その最中に心臓疾患で帰らぬ人となっています。

 この点、セイヤーズの作品は日本ではほとんどの作品が絶版となり何十年も経つなどの入手困難な状態が続き長い間紹介が遅れていましたが、喜ばしいことに1993年から2001年にかけて東京創元社の手により浅羽莢子の名訳でこの数年でほとんどの作品が邦訳されています。

学寮祭の夜
「学寮祭の夜」
(1935年)
(東京創元社)

 その独特のモダンなセンスとウィットに富んだ会話は、とても味わい深いものがあり、ワインの薀蓄などもふんだんに語られていて、ワイン通をもニヤリとさせてくれる格調高い作風です。 また読後感のさわやかなのも特徴です。

 人間描写に非常に優れた作家で、ピーター卿をはじめ、生き生きと描かれたキャラクターたちも魅力満点です。

 特にピーター卿とその従僕マーヴィン・バンターのやり取りはいつ見ても微笑ましく、何度でも再読してみたいと思えてくる本格推理作家の中では非常に珍しい作家の一人です。


■作家ファイル■

出身地
イギリス、オックスフォード(リーは母方の姓)
学歴
オックスフォード大学サマヴィル・カレッジ卒
生没
1893年6月13日~1957年12月17日(心臓疾患で、64歳)
作家としての経歴
1923
広告代理店でコピーライターの仕事をしながら、処女長編でピーター卿第1作「誰の死体?」を発表
1937
ピーター卿最終長編「忙しい蜜月旅行」を発表、以後は推理小説の筆を絶ち、宗教劇の脚本や神学に関するエッセイなどを発表し、高い評価を得る
1949
この年から1957年まで、ミステリ作家の親睦団体〈ディテクション・クラブ〉の会長を務める
シリーズ探偵
貴族探偵ピーター・ウィムジィ卿 (Lord Peter Wimsey)
モンタギュー・エッグ探偵 (Montague Egg)
代表作
「不自然な死」
「ナイン・テイラーズ」「学寮祭の夜」
ランキング
EQアンケート13位

■著作リスト■

1 ピーター・ウィムジィ卿登場作品リスト

2 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 箱の中の書類 1930 HPB1713
HMM'01.1-3
ロバート・ユースタスとの合作

【リレー長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 屏風のかげに 1930 中央公論社「ザ・スクープ」('83)
2 漂う提督 1931 早川文庫73-1
HMM'80.7-9
3 ザ・スクープ 中央公論社「ザ・スクープ」('83)
4 警察官に聞け 1933 早川文庫99-1
HMM'84.1-6
連作長編(2部3章)
ピーター卿も登場
5 Six Against the Yard
(Six Against Scotland Yard)
1936 -
6 ホワイトストーンズ荘の怪事件
(ダブル・デス)
1939 創元推理文庫219-1
EQ'83.1-5(31-33)
7 弔花はご辞退 1953 早川文庫113-1「殺意の海辺」
HMM'85.5

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Hangman's Holiday 1933 - ピーター卿4編を含む
全12編
1 エッグ君の鼻
(『金言集』第一項)
出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
日本公論社「アリ・ババの呪文」('36)
新青年'34新年特大
モンタギュー・エッグ探偵
2 香水の戯れ 出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
永和書館版「ある殺人風景」('47)
3 Murder in the Morning -
4 One Too Many -
5 ペンテコストの殺人 創元推理15('96冬)
6 メール・シャラール・バッシュバッス 出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
新青年'37新春増刊
7 殺人法を知っていた男
(殺人第一課)
(浴槽殺人事件の終局)
1932 HMM'86.11
出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
日本公論社「アリ・ババの呪文」('36)
新青年'35夏期増刊
8 噴水の戯れ
(飛沫の悪魔)
出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
日本公論社「アリ・ババの呪文」('36)
新青年'34新年特大
2 In the Teeth of the Evidence
(証拠に歯向かって)
1939 - ピーター卿2編を含む
全17編
1 A Shot at Goal - モンタギュー・エッグ探偵
2 Dirt Cheap
いたずら時計
(いたづら時計)
1936 永和書館「ある殺人風景」('47)
新青年'40新春増刊
3 Bitter Almonds 1939 -
4 False Weight -
5 The Professor's Manuscript
教授の原稿
1939 HMM'85.7
6 The Milk Bottles 1932 -
7 Dilemma
ヂレンマ
1934 新青年'36新春増刊 TVドラマ化('53)
8 An Arrow O'er the House
呪いの矢
(呪ひの矢)
日本公論社「アリ・ババの呪文」('36)
新青年'35夏期増刊
9 Scrawns
骨皮荘
HMM'94.3
10 Nebuchadnezzar -
11 緑色の頭髪
(バッド君の霊感)
1926 出版協同 異色探偵小説集4「アリ・ババの呪文」('54)
日本公論社「アリ・ババの呪文」('36)
新青年'33.10増大
TVドラマ化('73)
12 血の犠牲
(輸血殺人事件)
1936 創元推理文庫104-28「完全犯罪大百科/上」('79)
新青年'37.4特別増大
13 疑惑 1933 創元推理文庫100-4「世界短編傑作集4」('61)
創元推理文庫169-1「毒薬ミステリ傑作選」('77)
HPB219「黄金の十二
嶋中文庫 グレート・ミステリーズ12「伯母殺人事件・疑惑」('05)
光文社文庫「世界傑作推理12選&ONE」('86)
東京創元社 世界推理小説全集51「世界短篇傑作集2」('57)
黄金の十二
TVドラマ化('49) TVドラマ化「ヒッチコック劇場 砒素」('55)
14 豹の女 1928 HPB729「EQMMアンソロジー II 」('62)
15 キプロス猫 1933 光文社文庫「ネコ好きに捧げるミステリー」('90)
EQ'90.3(74)
白水社「猫物語」('92)

【犯罪実話集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Anatomy of Murder
(殺人事件の解剖)
1936 - クロフツ、アイルズ、ロード、M・コールら7人の作家がそれぞれ実在の犯罪事件を推理
1 ジュリア・ウォレス殺し
(ジュリア殺人事件)
創元推理文庫183-14「顔のない男
新青年'40春季増刊(抄訳)
セイヤーズが実在の犯罪事件を推理したもの

【原題不明の短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 悪魔の像 新青年'36.7

【戯曲】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Zeal of Thy House 1937 -
2 He That Should Come 1938 -
3 The Davil to Pay 1939 -
4 Love All 1940 -
5 The Man Born to Be King 1942 -
6 The Just Vengeance 1946 -
7 The Emperor Constantine: A Chronicle 1951 -

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror 1
(米 The Omnibus of Crime)
(探偵、ミステリー、恐怖短編傑作集1)
1928 - 推理小説の史的評論の序文「探偵小説論」で有名
2 Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror 2 1931 -
3 Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror 3 1934 -
4 Tales of Detection
(探偵物語集)
1936 -

【エッセイ集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Sutudies in Sherlock Holmes
(シャーロック・ホームズ研究)
1946 - 1946年発表の非ミステリエッセイ集「Unpopular Opinions」の第3部「Critical」に所収
1 Holmes' College Career -
2 ウォトスン博士の洗礼名   研究社出版「シャーロック・ホームズ読本」('73)
3 Dr. Watson, Widower -
4 「赤髪組合」に書かれている日付について 1934 河出文庫「シャーロック・ホームズ17の愉しみ」('88)
講談社「シャーロック・ホームズ17の愉しみ」('80)
5 Aristotle on Detective Fiction -

【評論・エッセイその他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 探偵小説論
(犯罪オムニバス)
1928 創元推理文庫183-14「顔のない男
創元推理15('96冬)
成甲書房「ミステリの美学」('03)
研究社出版「推理小説の美学」('74)
アンソロジー「Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror 1」の序文所収の評論
2 探偵問答 1930 創元推理15('96冬) アントニイ・バークリーとのラジオ対談
3 犯罪オムニバス 第2集・第3集 序 1931
1934
研究社出版「推理小説の詩学」('76) アンソロジー「Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror 2-3」の序文所収の評論
4 人間性の必要 1936 荒地出版社「殺人芸術」('59) アンソロジー「Tales of Detection」の序文の一部
5 大学祭の夜 研究社出版「推理小説の詩学」('76) エッセイ

3 ミステリ以外の著作

【詩集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Opus I 1916 -
2 Catholic Tales and Christian Songs
(カトリック物語)
1918 -
3 Lord, I Thank Thee 1943 -
4 The Story of Adam and Christ 1955 -
5 Poetry of Dorothy L Sayers 1996 - Ralph Hone編

【エッセイ】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Greatest Drama Ever Staged 1938 -
2 Strong Meat 1939 -
3 Begin Here: A War-Time Essay 1940 -
4 The Mind of the Maker 1941 -
5 Unpopular Opinions 1946 -
6 Creed or Chaos?
ドグマこそドラマ
―なぜ教理と混沌のいずれかを選ばなければならないか
1947 新教出版社('05) キリスト教に関するエッセイ集
7編
7 The Poetry of Search and the Poetry of Statement 1963 -
8 Christian Letters to a Post-Christian World 1969 -
9 Are Women Human? 1971 -
10 A Matter of Eternity 1973 - Rosamond Kent Sprague編
11 The Whimsical Christian: Eighteen Essays 1987 -

【評論】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Introductory Papers on Dante 1954 -
2 Further Papers on Dante 1957 -
3 Wilkie Collins: A Critical and Biographical Study 1977 - E.R. Gregory編

【ノンフィクション】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Why Work? 1942 -
2 Even the Parrot 1944 - 子供向けの訓戒話を集めた短編集
3 The Days of Christ's Coming 1953 - 児童書
4 Spiritual Writings 1993 - Ann Loades編

【翻訳】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Tristan in Brittany 1929 -
2 The Divine Comedy 1: Hell 1949 - ダンテの「神曲」の翻訳
3 The Divine Comedy 2: Purgatory 1955 -
4 The Song of Roland 1957 -
5 The Divine Comedy 3: Paradise 1962 - ダンテの「神曲」の翻訳

【書簡集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Letters of Dorothy L. Sayers, 1899-1936: The Making of a Detective Novelist 1996 - Barbara Reynolds編
2 The Letters of Dorothy L. Sayers: 1937-1943: From Novelist to Playwright 1997 -
3 The Letters of Dorothy L. Sayers: 1944-1950: A Noble Daring 1999 -
4 The Letters of Dorothy L. Sayers: 1951-1957: In the Midst of Life 2000 -
5 The Letters of Dorothy L. Sayers: Child and Woman of her Time 2002 -

【関連書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ドロシーとアガサ 1990 光文社文庫('03)
EQ'93.1-3 (91-92)
ゲイロード・ラーセン著
セイヤーズが登場人物の一人として登場するミステリ

【テレビ映画原作】

No. 事件名 発表年 DVD 備考
1 Suspense: Suspicion 1949 - 監督:ロバート・スティーヴンス
脚本:シルビア・ベルガー
主演:シルヴィア・フィールド、ルース・マクデヴィット
原作「疑惑」(「In the Teeth of the Evidence」所収)
2 Actor's Studio:
Mr. Mummery's Suspicion
1950 - 主演:マーク・コネリー、ジョージ・キーン
3 Lights Out:
The Leopard Lady
- 脚本:ジェームス・リー
主演:ボリス・カーロフ
オリジナル・ストーリー
4 Eye Witness: Dilemma 1953 - 主演:ジーン・リヨン
原作「ヂレンマ」(「In the Teeth of the Evidence」所収)
5 Alfred Hitchcock Presents:
Our Cook's a Treasure
ヒッチコック劇場 砒素
1955 - 監督:ロバート・スティーヴンス
脚本:ロバート・C・デニス
主演:アルフレッド・ヒッチコック、エヴェレット・スローン、ボーラ・ボンディ
原作「疑惑」(「In the Teeth of the Evidence」所収)
6 In die dagen(ベルギー) 1968 - 監督:Jan Matterne
脚本:Herman Pijpers
主演:Piet Bergers、Raymond Bossaerts
7 Great Mysteries:
The Inspiration of Mr. Budd
1973 - 監督:ピーター・サスディ
主演:オーソン・ウェルズ、ヒュー・グリフィス、ドナル・ドネリー
原作「緑色の頭髪」

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