「日常の謎」を題材にした本格ミステリーを多数発表

JPN 北村薫
(Kaoru Kitamura)

夜の蝉
「夜の蝉」
(1990年)
(東京創元社)

 本名は宮本和男。埼玉県に生まれ、子供の頃から読書好きだったらしく、ミステリではルパン、ホームズ、乱歩から本格ミステリのエラリー・クイーン、ディクスン・カーまで幅広い読書体験を持っています。春日部高等学校を経て早稲田大学に進学の後、在学中はワセダ・ミステリ・クラブに所属しており、その縁で評論家の瀬戸川猛資やミステリ作家の折原一らと親交が深かったといいます。

 大学を卒業の後しばらくは国語教師をしながら、本名や別名で文庫やガイドブックの解説、海外ミステリ評論の共同翻訳などに携わり、また東京創元社版の「日本探偵小説全集」の編集にも共同編集者として参加しています。
 ミステリ作家としてのデビューは1989年の連作短編集「空飛ぶ馬」で、「北村薫」のペンネームで当時は素性を一切明らかにしない、いわゆる覆面作家としてのデビューでした。

 そして殺人事件などの暴力や犯罪を題材にするのではなく、どこにでも転がっているような日常生活の中の些細な謎を論理的に解き明かしていく、という独特のスタイルは好評を持って迎えられたのです。ちなみに彼の一連の作品により殺人事件の解決だけがミステリではないという認識が広まり、加納朋子や若竹七海ら後続の作家に多大な影響を与えたといいます。

覆面作家は二人いる
「覆面作家は二人いる」
(1991年)
(角川書店)

 1991年にはデビュー作にも登場した記憶力抜群で博覧強記の落語家・春桜亭円紫とワトスン役を務める女子大生の『私』の異色コンビの活躍する短編集「夜の蝉」を発表。この作品で第44回日本推理作家協会賞の連作短篇集賞を受賞し、一躍人気作家の仲間入りを果たします。

 その際受賞をきっかけに正体を公表していますが、当初は覆面作家として活躍していたこともあり、その正体をめぐって様々な推測がなされ、主人公が女子大生の『私』であることや、柔らかいタッチの文章や視点からその正体は女子大生なのではという説も有力だったため、驚きを持って迎えられたとしいます。

 その後1993年頃から作家専業として数多くの発表し、ミステリー作家としてデビューした可憐でキュートなお嬢様探偵・新妻千秋が持ち前の行動力を発揮して担当編集者の岡部良介とともに実際の事件を解決していく〈覆面作家〉シリーズや、自分が名探偵であると気付いた男・巫弓彦の活躍する〈名探偵・巫(かんなぎ)〉シリーズ、更に昭和初期を舞台に士族の令嬢・花村英子とその運転手を務める文武両道で謎多き女性運転手・別宮みつ子(通称ベッキー)の女性コンビが活躍する短編シリーズなど、存在感あふれるキャラクターを数多く生み出しています。

 その他の代表作としては、直木賞の最終選考作品にも残った「スキップ」と2001年に牧瀬里穂主演で映画化された「ターン」が特によく知られてるSFをテーマにしたいわゆる〈時と人〉三部作や、2006年に海外本格ミステリ黄金時代の巨匠エラリー・クイーンの生誕100周年を記念して発表し、第6回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受賞したパスティーシュ長編「ニッポン硬貨の謎」などが有名です。

 一方で豊富な読書経験を活かしてミステリ関連の評論やエッセイも数多く発表し、また編集者として鮎川哲也氏の創元推理文庫版の短編集や海外ミステリーのアンソロジーの編纂に携わり、更に2000年には有栖川有栖らとともに本格ミステリ作家クラブの設立に発起人の一人として参加して初代事務局長を務め、2005年からは初代会長の有栖川の後を受けて同クラブの会長にも就任するなど、小説の執筆だけでなくその活躍は多岐にわたっています。

 ちなみに高校・大学を通じての後輩である折原一のデビュー作品を読んだことが作家を志すようになったきっかけらしく、折原に書けるのなら自分にも書けると思い、触発されて書いたのがデビュー作の「空飛ぶ馬」だったといいます。


■作家ファイル■

本名
宮本和男
出身地
埼玉県北葛飾郡
学歴
埼玉県立春日部高等学校を経て早稲田大学第一文学部卒
生没
1949年12月28日〜
作家としての経歴
1989
「北村薫」の筆名を用い、連作短編集「空飛ぶ馬」で覆面作家としてデビュー
1991
第2短編集「夜の蝉」で第44回日本推理作家協会賞の連作短篇集賞を受賞。この際自らの正体を明かす
1993
この頃から専業作家に
2006
エラリー・クイーンのパスティーシュ長編「ニッポン硬貨の謎」で第6回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受賞
2009
「鷺と雪」で第141回直木賞を受賞
シリーズ探偵
落語家・春桜亭円紫師匠(〈私と円紫さん〉シリーズ)
新妻千秋(〈覆面作家〉シリーズ)
名探偵・巫弓彦
士族令嬢・花村英子&女性運転手別宮みつ子(ベッキー)
代表作
「夜の蝉」(春桜亭円紫)
「覆面作家は二人いる」(新妻千秋)
「スキップ」「ターン」
「ニッポン硬貨の謎」(エラリー・クイーン)

■著作リスト■

1 春桜亭円紫登場作品リスト

2 新妻千秋登場作品リスト

3 〈時と人〉三部作シリーズリスト

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 スキップ 1995 新潮文庫('99)
新潮社
2 ターン 1997 新潮文庫('00)
新潮社
映画化('01)
3 リセット 2001 新潮文庫('03)
新潮社

4 花村英子&別宮みつ子(ベッキー)登場作品リスト

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 街の灯 2003 文春文庫('06)
文藝春秋
1 虚栄の市 2002
2 銀座八丁
3 街の灯
2 玻璃の天 2007 文春文庫('09)
文藝春秋
1 幻の橋
2 想夫恋 講談社文庫「法廷ジャックの心理学」('11)
3 玻璃の天
3 鷺と雪 2009 文藝春秋 第141回直木賞('09)
1 不在の父
2 獅子と地下鉄
3 鷺と雪

5 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 盤上の敵 1999 講談社文庫('02)
講談社ノベルス('01)
講談社
2 ニッポン硬貨の謎
─エラリー・クイーン最後の事件
2005 創元推理文庫413-6
東京創元社
エラリー・クイーンのパスティーシュ
EQ生誕100周年記念出版
3 ひとがた流し 2006 新潮文庫('09)
朝日新聞社
4 いとま申して
―『童話』の人びと
2011 文藝春秋 北村薫氏の父親の評伝風小説

【短編集】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 冬のオペラ 1993 角川文庫('02)
中公文庫('00)
中央公論新社 Cノベルス('96)
中央公論社
名探偵・巫弓彦&姫宮あゆみ
1 三角の水 1992
2 蘭と韋駄天
3 冬のオペラ 1993
2 水に眠る 1994 文春文庫('97)
文藝春秋
恋愛小説集
1 恋愛小説 1992
2 水に眠る 1991
3 植物採集 1992
4 くらげ 1991
5 かとりせんこうはなび 1994
6 矢が三つ
7 はるか 1992
8 1994
9 ものがたり 1993
10 かすかに痛い
3 月の砂漠をさばさばと 1999 新潮文庫('02)
新潮社
おーなり由子画
少女とお母さんの物語
1 くまの名前 1995
2 聞きまちがい
3 ダオベロマン 1998
4 こわい話
5 さそりの井戸
6 ヘビノボラズのおばあさん
7 さばのみそ煮 1998
8 川の蛇口
9 ふわふわの綿菓子
10 連絡帳 1998
11 猫が飼いたい
12 善行賞のリボン
13 さきちゃんとお母さんのこと
4 語り女たち 2004 新潮文庫('07)
新潮社
1 緑の虫
2 文字
3 わたしではない
4 違う話
5 歩く駱駝
6 四角い世界
7 闇缶詰
8 笑顔
9 海の上のボサノヴァ
10
11 眠れる森
12 夏の日々
13 ラスク様
14 手品
15 Ambaravalia あむばるわりあ
16 水虎
17 梅の木
5 紙魚家崩壊─九つの謎 2006 講談社文庫('10)
講談社ノベルス('09)
講談社
1 溶けていく 1994
2 紙魚家崩壊 1995
3 死と密室 1997
4 白い朝 1990
5 サイコロ、コロコロ
6 おにぎり、ぎりぎり 1991
7 1990
8 俺の席 1998
9 新釈おとぎばなし
6 1950年のバックトス 2007 新潮文庫('10)
新潮社
1 百物語
2 万華鏡
3 雁の便り
4 包丁
5 真夜中のダッフルコート
6 昔町
7 恐怖映画
8 洒落小町
9 凱旋
10
11
12 手を冷やす
13 かるかや
14 雪が降って来ました
15 百合子姫・奇怪毒吐き女
16 ふっくらと
17 大きなチョコレート
18 石段・大きな木の下で
19 アモンチラードの指輪
20 小正月
21 1950年のバックトス
22 林檎の香
23 ほたてステーキと鰻
7 元気でいてよ、R2-D2。 2009 集英社
1 マスカット・グリーン
2 腹中の恐怖
3 微塵隠れのあっこちゃん
4 三つ、惚れられ 光文社 カッパ・ノベルス「暗闇を見よ」('10)
5 よいしょ、よいしょ
6 元気でいてよ、R2-D2。
7 さりさりさり
8 ざくろ
8 飲めば都 2011 新潮社 文芸編集女子・小酒井都をめぐる酒と仕事と出会いの連作短編集
1 赤いワインの伝説
2 異界のしり取り
3 シコタマ仮面とシタタカ姫
4 指輪物語
5 軽井沢の夜に消えた
6 コンジョ・ナシ
7 智恵子抄
8 カクテルとじゃがいも
9 王妃の髪飾り
10 割れても末に
11 象の鼻
12 ウィスキーキャット

【リレー短編集収録作品】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 くしゅん 2009 マガジンハウス「9の扉 リレー短編集」 9人のミステリ作家がリレーでつなぐ冒険小説

【未収録短編】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 縁側 2009 MF文庫ダ・ヴィンチ「文豪さんへ。─近代文学トリビュートアンソロジー」 好きな近代文学作品をモチーフに書き上げた短編アンソロジー収録作品
2 続・二銭銅貨 2010 角川書店「ミステリ★オールスターズ 」 本格ミステリ作家クラブ編
本格ミステリ作家クラブ10周年記念特別企画リレーミステリ

【漫画】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 北村薫ミステリー傑作選 2011 ぶんか社「まんが このミステリーが面白い!」 「水に眠る」「冬のオペラ」より6編
作画:文月今日子・橋本多佳子・安武わたる・南天佑

【児童書その他】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 ふしぎな笛ふき猫
─民話「かげゆどんのねこ」より
2005 教育画劇 山口マオ画
千葉県の民話をアレンジ
2 野球の国のアリス 2008 講談社 ミステリー・ランド 児童書

【編書】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 推理短編六佳撰 1995 創元推理文庫400-51 宮部みゆきとの共編
2 謎のギャラリー 特別室 1998 マガジンハウス
3 謎のギャラリー 特別室 マガジンハウス
4 謎のギャラリー 特別室 1999 マガジンハウス
5 謎のギャラリー 最後の部屋 マガジンハウス
6 五つの時計
―鮎川哲也短編傑作集〈1〉
創元推理文庫403-1
7 下り“はつかり”
―鮎川哲也短編傑作選〈2〉
創元推理文庫403-2
8 北村薫の本格ミステリ・ライブラリー 2001 角川文庫
9 謎のギャラリー 謎の部屋 2002 新潮文庫 謎のギャラリー1〜4を文庫化にあたり再編集し直したもの  
10 謎のギャラリー こわい部屋 新潮文庫
11 謎のギャラリー 愛の部屋 新潮文庫
12 北村薫のミステリー館 2005 新潮文庫 国内外の短編ミステリを収録
全18編
13 名短篇、ここにあり 2008 ちくま文庫 宮部みゆきとの共編
全12編
14 名短篇、さらにあり ちくま文庫 宮部みゆきとの共編
全12編
15 読んで、「半七」!
─半七捕物帳傑作選1
2009 ちくま文庫 宮部みゆきとの共編
岡本綺堂著、全23編
16 もっと、「半七」!
─半七捕物帳傑作選2
ちくま文庫
17 とっておき名短篇 2011 ちくま文庫 宮部みゆきとの共編
全12編
18 名短篇ほりだしもの ちくま文庫 宮部みゆきとの共編
全19編

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 謎物語
─あるいは物語の謎
1996 角川文庫('04)
中公文庫('99)
中央公論社
エッセイ集
2 謎のギャラリー 名作博本館
(謎のギャラリー)
1998 新潮文庫('02)
マガジンハウス
3 ミステリは万華鏡 1999 角川文庫('10)
集英社文庫('02)
集英社
エッセイ集
4 詩歌の待ち伏せ1
(詩歌の待ち伏せ・上)
2002 文春文庫('06)
文藝春秋
詩歌についてのエッセイ集
5 詩歌の待ち伏せ2
(詩歌の待ち伏せ・下)
2003 文春文庫('06)
文藝春秋
詩歌についてのエッセイ集
6 ミステリ十二か月 2004 中公文庫('08)
中央公論新社
エッセイ&有栖川有栖との対談
7 詩歌の待ち伏せ3
(続・詩歌の待ち伏せ)
2005 文春文庫('09)
文藝春秋
詩歌についてのエッセイ集
8 北村薫のミステリびっくり箱 2007 角川文庫('10)
角川書店
対談集
9 北村薫の創作表現講義
―あなたを読む、わたしを書く
2008 新潮選書
10 自分だけの一冊
―北村薫のアンソロジ−教室
2010 新潮選書
11 ものの名前 角川書店「列外の奇才山田風太郎」 角川書店編集部編
12 語り手の設定 幻冬舎「ミステリーの書き方」 日本推理作家協会編著
作家43名の執筆作法
13 駅前の本屋さん 2011 主婦と生活社「君に伝えたい本屋さんの思い出」 日販マーケティング本部編

【研究書】

No. 事件名 発表年 出版 備考
1 静かなる謎 北村薫 2004 宝島社 別冊宝島1023 宝島社「このミステリーがすごい!」編集部

【参考】「静かなる謎 北村薫」(宝島社 別冊宝島1023)
 

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