出版 |
早川書房
ハヤカワポケットミステリ
425 |
電話が鳴りだした。
きちがいじみた音を立てて、繰り返し繰り返し鳴る。答える者のない電話の音は、なにか悽惨だった。断末魔の叫びに似て、黒々と広がる人気のない闇夜に向かって心の救いを求めて叫ぶ。この世のありとあらゆる孤独な人々の侘しい気持ちをこだましているのだ。
やがて電話は鳴り止んで、霧たちこめるチェルシー街に再び静寂が広がっていった。爆撃を受けて荒癈したチェルシー街のその一画は、月光を浴びて、いっそう陰惨な感じを与えた。ただ一本、残っていた街燈でさえ心ない酔漢の仕業かギザギザに割られて……何か、ひどく特長のない、ただ漠々たる荒涼の感じに満ちた街だった。
純文学作家、評論家、劇作家としてイギリス文壇に隠れもないビヴァリイ・ニコルズの、これは探偵小説第一作である。文学的香気高い筆致、純文学作家ならではの見事な着想を持つ本作品によって、ニコルズは、第一級のイギリス本格探偵小説作家の列に加わった。巨匠モーム激賞の傑作! |