出版 |
早川書房
ハヤカワポケットミステリ
477 |
ロンドンはフリート街の夏の夕方、建ち並ぶ新聞社のビルの入口から、夜勤者に仕事を引き継いだ昼勤者たちが吐き出されてひとしきり、やがて通りは元に復した。発行部数二百万部を誇る大衆紙モーニング・コール紙の編集局も、ついさっきまでの地獄の釜のような騒ぎが嘘のように収まって、今はひっそりと静まりかえり、無心に紙テープを吐き続けるテレタイプの機械的な音だけが、カタカタと鳴り響いていた。決して止まることのない、新聞という巨大な、非人間的な機構の歯車の、回転のゆるむ時である。
だが、その深閑と静まりかえった社屋の中で、今一つの暗い情熱が燃え上がろうとしていることを知っている者は、ただ一人の人間を除いて誰もいなかった。いや……その男にしてからが、人を殺そうなどとは、まだ思っていなかったのだ。そのとき彼は、局長から、彼の待ち望んだ外報部長の椅子が若手の大学出に奪われたばかりか、次長の職さえ解かれ、遠い僻地の極東に追いやられることを聞かされながら、ただ呆然とするばかりだったのだ……。
自らもジャーナリストとして活躍した作者が、一流新聞社を舞台に、復讐の鬼と化した不幸な男のたどった皮肉な運命を緻密な筆致で描く。ガーヴにして、はじめて描き得る心理主義的なサスペンス・スリラー。 |