高度な文学性を持った新しいスパイ小説を形成

UK エリック・アンブラー
(Eric Ambler)
〔別名 エリオット・リード (Eliot Reed)〕

あるスパイへの墓碑銘
「あるスパイへの墓碑銘」
(1938年)
(東京創元社)

 イギリスの推理小説家で現在のスパイ小説の典型を作り出すとともに、マニング・コールズやD・B・ヒューズなど、多くの優れた後進作家たちの良い手本となり、心理的スリラー・サスペンス小説全盛期のきっかけを作った作家として現在も高く評価されています。

 生粋のロンドンっ子で、ロンドンの町に生まれロンドン大学を中退後しばらく技師として働きますが、自身のかねてからの希望であった文学や演劇への憧れを棄てきれず、その世界を目指し始めます。
  まずヴォードヴィリアンとして歌を作ったりしながら各地を渡り歩いた後、広告業界に転じ、ベビー・フードから非鉄合金などありとあらゆる広告を手がけますが、その仕事のかたわらに映画の脚本や小説も書き始めるようになります。

 そして1936年に長編「暗い国境」を発表して作家としてデビューし、その後も順調に「あるスパイの墓碑銘」などの長編作品を発表していきますが、その作品の中で彼はジョン・バカン以来の従来の派手なアクションシーン満載の冒険活劇のようなスパイ小説から脱し、登場人物の心理描写をリアルに描き出すことでスリルとサスペンス感を高めていくという、高度な文学性を持った新しいスパイ小説の形を作り上げました。

ディミトリオスの棺
「ディミトリオスの棺」
(1939年)
(早川書房)

 その洗練された文体は知識階級の読者や評論家の間からも絶賛され、評論家のハワード・ヘイクラフトも1942年に発表した「娯楽としての殺人」の中で〈流線形〉という言葉を使ってその作品を高く評価しています。

 第二次世界大戦に入ると作家活動を一時休止して陸軍に入隊、映画部隊に属して軍人教育用の映画の製作などに携わります。

 終戦後は10年くらい映画の脚本やTV番組制作の仕事をしていましたが、後に作家活動も再開し、チャールズ・ロッダとの合作コンビを結成してエリオット・リード名義で「叛乱」など5長編を発表します。

 その後アンブラー名義でも活動を再開し、1959年に発表した「武器の道」で英国推理作家協会(CWA)賞のクロス・レッドへリング賞(現在のゴールド・ダガー賞)を受賞したのを皮切りに、「真昼の翳」でCWA賞のシルヴァー・ダガー賞とアメリカ探偵作家協会(MWA)の最優秀長編賞を同時に受賞するなど、多くの作品が数々の賞に輝いており、その作品の完成度の高さが窺い知れます。

真昼の翳
「真昼の翳」
(1962年)
(早川書房)

 1975年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の巨匠賞を、1986年には英国推理作家協会(CWA)のダイヤモンド・ダガー賞を受賞し、名実ともにイギリスそしてスパイ小説界を代表する巨匠の一人です。

 彼の作品では主としてヒーローではないごく普通の一市民がひょんなことから大事件に巻き込まれ、国際的は陰謀に巻き込まれながらも命がけの冒険を繰り返して危難を乗り越えていくというパターンが多く、いわゆる「追いつ追われつ型」のストーリー展開が繰り広げられていきます。


■作家ファイル■

出身地
イギリス、ロンドン
学歴
ロンドン大学工科を3年で中退
生没
1909年6月28日〜1998年10月22日
作家としての経歴
1936
「暗い国境」でミステリ作家としてデビュー
1940
第二次世界大戦のため作家活動を休止、陸軍に入隊する
1950
作家活動を再開し、チャールズ・ロッダとの合作名義であるエリオット・リード名義で「スカイティッブ」や「叛乱」など5長編を発表する
1951
アンブラー名義でも活動を再開し、長編「デルチェフ裁判」を発表
1959
「武器の道」でイギリス推理作家協会(CWA)賞のクロス・レッドへリング賞(現ゴールド・ダガー賞)を受賞
1962
「真昼の翳」でCWA賞のシルヴァー・ダガー賞を受賞、1964年に同作品でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長編賞を受賞
1967
「ダーティ・ストーリー」でCWA賞のイギリス作品賞を受賞
1972
「グリーン・サークル事件」でCWA賞のゴールド・ダガー賞を受賞
1975
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞を受賞
1986
イギリス推理作家協会(CWA)賞のダイヤモンド・ダガー賞を受賞
シリーズ探偵
イギリス人推理作家チャールズ・ラティマー (Charles Latimer)
アーサー・シンプソン (Arthur Abdel Simpson)
チサール博士 (Dr. Jan Czissar)
代表作
「あるスパイへの墓碑銘」
「ディミトリオスの棺」(チャールズ・ラティマー)
「武器の道」
「真昼の翳」(アーサー・シンプソン)
ランキング
EQアンケート78位

■著作リスト■

1 推理作家チャールズ・ラティマー登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
ディミトリオスの棺 1939 早川文庫15-1
HPB111
早川書房 世界ミステリ全集7('72)
インターコムの陰謀 1969 HPB1239
早川書房 世界ミステリ全集7('72)

2 アーサー・シンプソン登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
真昼の翳
(真昼の翳り)
1962 早川文庫15-2
HPB780
MWA賞最優秀長編賞('64)
CWA賞シルヴァー・ダガー賞('62)
ダーティ・ストーリー 1967 早川文庫15-4 CWA賞イギリス作品賞('67)

3 チサール博士登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Waiting for Orders
(The Story so Far)
1993 - 全9編
1 消えた暖房炉
(贋のロケット)
1945 創元推理文庫104-24「ミニ・ミステリ傑作選」('75)
HMM'67.10
2 エメラルド色の空 1940 HPB1819「天外消失 世界短篇傑作集
早川書房 世界ミステリ全集18「37の短篇」('73)
早川書房「復刻エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン No.1-3」('95)
EQMM'56.9
3 The Case of the Cycling Chanfleur
(A Bird in the Tree)
木の上の鳥
1947 HMM'79.12
4 Case of the Overheated
過熱したアパート
1948 HMM'68.1
5 Case of the Landlady's Brother
女家主の弟
1949 EQMM'58.2
6 Case of the Gentleman Poet
詩人の死
1940 EQMM'63.9

4 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
暗い国境
(夜の明ける前に)
1936 創元推理文庫137-1
別冊宝石77('58)
恐怖の背景 1937 HPB116
あるスパイへの墓碑銘
(あるスパイの墓碑銘)
(あるスパイの物語)
1938 創元推理文庫137-2
HPB566
新潮文庫
ちくま世界ロマン文庫13
集英社 世界文学全集38('67)
東都書房 世界推理小説大系23('63)
岩崎書店 世界の名探偵物語 14
裏切りへの道 1938 HPB387  
恐怖への旅 1940 HPB141
Judgment on Deltchev
デルチェフ裁判
1951 HPB550
シルマー家の遺産 1953 HPB157
集英社 ジュニア版世界の推理23('73)
夜来たる者 1956 HPB362
武器の道 1959 早川文庫15-3
HPB561
CWA賞ゴールド・ダガー賞('59)
10 汚辱と怒り 1964 HPB1000
11 グリーン・サークル事件 1972 創元推理文庫137-3 CWA賞ゴールド・ダガー賞('72)
12 Doctor Frigo
ドクター・フリゴの決断
1974 早川書房('82)
13 Send No More Roses
(米 The Siege of the Villa Lipp)
薔薇はもう贈るな
1977 早川書房('80)
14 The Card of Time 1981 -

【エリオット・リード名義の長編】

すべてチャールズ・ロッダ(Charles Rodda)との合作

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
スカイティップ 1950 HPB608
恐怖へのはしけ 1951 HPB478
叛乱
(反乱)
1953 HPB570
早川書房 世界ミステリ全集7('72)
危険の契約 1954 HPB621
恐怖のパスポート 1958 HPB589

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Waiting for Orders
(The Story so Far)
1993 - チサール博士6編他
全9編
1 The One Who Did for Blagden Cole
ブラグデン・コールの死
1992 EQ'94.3
2 影の軍団 1939 講談社文庫「世界スパイ小説傑作選1」('78)
3 The Blood Bargain
血の協定
1970 HPB1491「現代イギリス・ミステリ傑作集1」('87)
HMM'76.8

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Belgrade 1926
ベオグラード、1926年
1939 荒地出版社「スパイを捕まえろ」('81)

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
To Catch a Spy: An Anthology of Favourite Spy Stories
スパイを捕まえろ
1964 荒地出版社('81) アンソロジー

【自伝】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Here Lies 1985 -

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
推理小説を書く 荒地出版社「スパイ入門」('60)
スパイ小説の発展 HMM'77.9

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