本格黄金時代の正統な継承者

UK クリスチアナ・ブランド
(Christianna Brand)
〔別名 メアリ・アン・アッシュ (Mary Ann Ashe)〕

ハイヒールの死
「ハイヒールの死」
(1941年)
(早川書房)

 イギリスの女流本格作家で、ミステリーの女王アガサ・クリスティーやエラリー・クイーン、ディクスン・カーらに匹敵するほどの実力を持つ黄金期パズラーの代表作家の一人です。

 マレーシアのマラヤで生まれてインドで育ち、のちにイギリスに戻ってサマセット州トーントンの学校へ進学しますが、17歳の時に彼女の父親が破産してしまったため、また幼い頃に母親を亡くしていたために学業を諦めて働かざるを得なくなり、さまざまな職業に就いては苦労を重ねたといいます。

 やがて店員の仕事に落ち着くと創作活動に意欲を持ち始め、仕事の傍ら空いた時間を利用して執筆活動を開始。1939年に初めての短編が〈タトラー〉という雑誌に掲載されて作家としての第一歩を踏み出しますが、ほどなく職場で同僚からいじめを受けるという体験をしたため、復讐する代わりにその同僚を被害者に設定した殺人事件を題材にした推理小説を書くことを思い立ちます。

 このようにして書き上げられたのが、1941年に発表された彼女のデビュー長編「ハイヒールの死」でした。

 この処女長編はなかなか出版社に採用されませんでしたが、16社目にしてようやく出版されると、刊行されるやいなや大変な好評を博したといいます。

 その後は1944年に発表した第3長編「緑は危険」が映画化(日本でも「青の恐怖」という題名で公開)されるなど、順調に作品を発表し続け、本格ミステリ作家としての地位を確固たるものとしていきます。

 1972年から73年にかけてはイギリス推理作家協会(CWA)の会長にも就任。また短編の名手としても知られていて、短編集「招かれざる客たちのビュッフェ」に収録されている短編「婚姻飛翔」や「ジェミニー・クリケット事件」などは、傑作の呼び声高い名品として数多くのアンソロジーなどにも収録されています。

 彼女のデビューは1940年代に入ってからと前述の他の作家たちに比べて遅かったために、”正統な黄金時代の継承者”と評されたり、同じ頃デビューしたニコラス・ブレイクやマイクル・イネス、エドマンド・クリスピンらとともに〈新本格〉派に入れられたりすることもしばしばですが、本格作品としての出来栄えに関しては先に述べた3人の巨匠たちにも劣らないと評されています。

緑は危険
「緑は危険」
(1944年)
(早川書房)
ふしぎなマチルダばあや
「ふしぎなマチルダばあや」
(1964年)
(学習研究社)

 また彼女の作品でもっともよく言われるのがいわゆるどんでん返し、二転三転する結末が見事であるということですが、彼女のミステリはそれだけでなくプロットも緻密に計算され、伏線も用意周到に張られており、本格作品に必要な三つの要素の全ての面で丁寧な作りがなされていて、存分に謎解きを楽しむことができます。まさに本格好きにはたまらない作家といえるでしょう。

 最後にもう一点、ブランドの作品中で数多く登場するシリーズ探偵は”ケントの恐怖”と呼ばれる名警部のコックリルですが、このキャラクターは彼女の敬愛する開業医の義父がそのモデルになっているそうです。


■作家ファイル■

本名
メアリー・クリスチアナ・ルイス(Mary Christianna Lewis)
(旧姓ミルン)
出身地
イギリス(マレーシアのマラヤ生まれ、インド育ち)
生没
1907年〜1988年
作家としての経歴
1939
メアリ・ブランド名義で〈タトラー〉誌に短編「薔薇(この世でいちばん簡単なこと)」を発表し、作家デビューを果たす
1941
16社を廻った末に処女長編「ハイヒールの死」がクリスチナ・ブランド名義で刊行され、一躍人気作家の仲間入りをする
1944
第3長編「緑は危険」を発表。1946年に映画化
1972
この年から1973年にかけて、イギリス推理作家協会(CWA)の会長に就任
シリーズ探偵
コックリル警部 (Cockrill)
チャールズワース警部 (Charlesworth)
チャッキー警部 (Chucky)
代表作
「緑は危険」
「ジェゼベルの死」
「招かれざる客たちのビュッフェ」(短編集)
ランキング
EQアンケート7位
ハヤカワベスト100・29位

■著作リスト■

1 コックリル警部登場作品リスト

2 チャールズワース警部登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
ハイヒールの死 1941 早川文庫57-4
HPB470
ブランドのデビュー長編
ジェゼベルの死 1948 早川文庫57-2
HPB544
コックリルとの共演
ハヤカワベスト100・41位
EQアンケート18位
疑惑の霧 1952 早川文庫57-5
HPB420
コックリルとの共演
暗闇の薔薇 1979 創元文庫262-2

3 チャッキー警部登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
猫とねずみ 1950 HPB472
A Ring of Roses 1977 - メアリー・アン・アッシュ名義

4 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Shadowed Sunlight 1945 -
The Single Pilgrim 1946 - メアリー・ローランド名義
普通小説
Welcome to Danger
(Danger Unlimited)
1948 -
Starrbelow 1958 - チャイナ・トンプスン名義
Court of Foxes 1969 -
Alas, For Her That Met Me! 1976 - メアリー・アン・アッシュ名義
The Honey Harlot 1978 -
The Brides of Aberdar 1982 -

【児童書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
ふしぎなマチルダばあや
(マチルダばあやといたずらきょうだい)
1964 学習研究社 ファンシーロマン9('82)
あすなろ書房('07)
学習研究社 世界の傑作童話5('70)
絵・エドワード・アーディゾーニ
マチルダばあや、ロンドンへ行く 1967 あすなろ書房('08) 絵・エドワード・アーディゾーニ
Nurse Matilda Goes to Hospital 1975 -

【リレー長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
弔花はご辞退 1984 早川文庫113-1「殺意の海辺」
HMM'85.5

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
What Dread Hand? 1968 - コックリル3編他
全15編
1 Aren't Our Police Wonderful
さすが警察
1957 HMM'78.1
2 メリーゴーラウンド 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
3 Dear, Mr. Editor...
拝啓、編集長様
1959 HMM'79.5
4 The Rose
(The Easist Thing in the World)
薔薇
(この世でいちばん簡単なこと)
1939 HMM'78.2
EQ'95.9
デビュー作品
5 Akin to Love
愛に似て…
HMM'84.1
6 My Ladies' Tears
誰がための涙
1965 HMM'65.5
7 Double Cross
ダブル・クロス
HMM'78.9
8 The Sins of the Fathers
父の罪
HMM'79.6
9 The Wicked Ghost
幽霊伯爵
1968 HMM'70.4
10 King of the Air
大空の王者
HMM'70.3
11 ジャケット
(ここに横たわるのは…)
1967 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
HMM'76.11
12 ジェミニー・クリケット事件 1968 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
角川文庫「北村薫の本格ミステリ・ライブラリー」('01)(米版)
早川書房 世界ミステリ全集18「37の短編」('73)
HMM'68.11
Brand X 1974 -
1 スコットランドの姪 1972 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
HMM'75.4
2 A Miracle in Montepulciano -
3 ごくふつうの男 1972 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
4 I will Repay
わが返礼
ミステリーズ!'05.10(13)
5 How the Unicorn Became Extinct -
6 King of the Air
大空の王者
1968 HMM'70.3 再収録
7 Charm Farm -
8 A Bit of Bovver
旅人のお護り
1972 HMM'84.10
9 The Blackthorn -
10 The Hilltop -
11 How Green Is My Valley ! -
12 この家に祝福あれ 1970 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
HPB「現代イギリス・ミステリ傑作集1」('87)
HMM'86.3
13 Spring 1941 -
14 Murder Hath Charms -
15 An Apple for the Teacher -
16 Pigeon Pie -
17 Quick and Clever
回転はすばやく
HMM'74.9
18 スケープゴート
(ミステリオーソ)
1970 創元推理文庫262-1「招かれざる客たちのビュッフェ」
HMM'76.3
招かれざる客たちのビュッフェ 1983 創元推理文庫262-1 コックリルもの4編を含む16編
EQアンケート42位
1 ジェミニー・クリケット事件 1968 角川文庫「北村薫の本格ミステリ・ライブラリー」('01)(米版)
早川書房 世界ミステリ全集18「37の短編」('73)
HMM'68.11
再収録
2 スケープゴート
(ミステリオーソ)
1970 HMM'76.3 再収録
3 もう山査子摘みもおしまい 早川文庫「眼には眼を」('80)
HMM'80.6
4 スコットランドの姪 1972 HMM'75.4 再収録
5 ジャケット
(ここに横たわるのは…)
1967 HMM'76.11 再収録
6 メリーゴーラウンド 再収録
7 目撃
(影)
光文社文庫「英米超短編ミステリー50選」('96)
EQ'79.1
8 バルコニーからの眺め 1981 EQ'83.1
9 この家に祝福あれ 1970 HPB「現代イギリス・ミステリ傑作集1」('87)
HMM'86.3
再収録
10 ごくふつうの男
(偏執狂)
1972 HMM'72.6
11 囁き
(囁く声)
HMM'87.11
12 神の御業

【未収録短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
至上の幸福 1978 講談社文庫「13の判決」('81)
An Author Comment... -
Over My Dead Body
わが屍を踏み越えて
1979 EQ'94.7
EQ'81.7
A Piece of Cake 1983 -
And She Smiles at Me
そして彼女はほほえんだ
EQ'99.7
To the Widow
未亡人に乾杯
1984 心交社「ワイン通の復讐('98)
Murder by Dog
人間の最良の友
HMM'84.4
The Skipping Game
なわとび遊び
1968 HMM'78.9

【評論・エッセイその他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
Heaven Knows Who 1960 - 犯罪実話
ミス・マープルの肖像 1977 早川書房「アガサ・クリスティー読本」('78) 評論
ビリーという男 サンリオ「私は目撃者」('79)
ブランド回想録 EQ'83.1-'85.1 エッセイ
私の見たドロシーとアガサ EQ'93.1 エッセイ
「毒入りチョコレート事件」第七の解答」 創元推理'94春 エッセイ