出版 |
早川書房
ハヤカワポケットミステリ
327 |
美しいベルを殺したのはだれか? すくなくともスペンサーではなかった。昨夜、ベルが映画から帰ってきて挨拶しに顔を見せたとき、彼は趣味の轆轤まわしに夢中になっていた。ベルの顔は思いなしか悲し気に蒼ざめていたような気もするが、元来彼女はこの家の家族ではなかったので、大して気にもとめず、再び仕事に没頭していったのだ。スペンサーではなかった……。が、警察も医師も妻さえもが彼を疑っていた。 証拠も彼にとって不利だった。ベルをごく普通の若い娘だと思っていたスペンサーは知らなかったが、ベルには何人もの男友達がおり、しかも殺された晩にはしたたかに酒を飲んでいたという。スペンサーにはびっくりすることばかりだった。そして、とんできたベルの母親の言葉。「穢したいという欲望さ……」次第にスペンサーの内に、ある考えが頭をもたげてきた。 現代人の心の底に隠された自分にさえ見定められない秘密。ベルという一少女の死をきっかけに、一人の中年男の心の謎が解き明かされていく様を鮮やかに描く。 |